微妙だった作品
個人の感想です。
個人的に好みの話は別の記事に記載。
塚のファンという程ではない一般人なので、ファンの方には不快な内容が含まれる恐れがある為、閲覧注意です。
■ひかりふる路
反革命だから革命家のトップ殺して我らが恨み知らしめてやる!って、
テロリストの発想やん、普通に。
テロリスト×テロリストの蠱毒か似たものカップルの話なら、そのように描いてもらわないとわからないよ。
せめて歌で動機が表現されてたら何か納得したかもしれん(ファントムの私の真の愛みたいに)けど、説明台詞だから冷静に聞いてしまう。
この作品、ミュージカルなのに歌の使いどころ下手だ。
というか、貴族のお嬢様が剣で男を襲撃しても、捨て身だとしても完遂できないことはわかりきっている。本気度が疑問に思えてしまう。
強い女性を表現したいのだろうなとは推察されるけど、強いんじゃなく単に発想が強者(男)なんよな。
スラム育ちで暴力が身近とか、実戦でなくてもフェンシングとか武術の大会の優勝経験者とかならまだわかるけど。
戦闘訓練も受けていない温室育ちの貴族のお嬢様が、相手が丸腰の隙を突いたとしても、剣で男を殺害可能という発想にはならないと思う。
知性があれば、自分の弱さはわかるから、わかった上で、桜嵐記の日野の姫みたいに寝首を掻く作戦とか、反革命団体に所属するとかなら、覚悟の程がわかるけど。もしくは、絶望のあまり思考能力が無くなって無我夢中でやったとか。
殺せる前提で自信満々に刃物取り出されても、現実はせいぜい腕に浅い防御創つけられるかどうかくらい。逆に、女の浅知恵に見えてしまう。突きだったら可能性はあるかもだけど、急所も知らないだろうから運良く当たればレベルでしかない。
妹含め死刑になったのに、自身のみ生き延びているから、おそらく逃走中で、身元が割れたら死刑になるのだと思うけど、その流れが無さそうなのもよくわからない(命の危険を感じてたわけではなく、単に敵側と知られたくないだけの感じだった)。男兄弟は死刑だったけど娘だから見逃されたというのも、年齢が幼くて見逃されたというのも、妹が死刑だから無いし。最終的に身元割れてたのに放免されたし。それだと最初の死刑も間違いだったと認められたということなのか?余計な疑問を生む設定だと思う。
女は働けない、みたいなやり取りも違和感。元貴族の箱入り娘やろ。貴族はそもそも、"働く"っていう概念してない。性別が女だから労働しないとかそもそも労働が当然の無産階級の発想。労働者って男だけではないの?みたいな部外者視点の台詞ならまだわかるけど。
てか、貴族なら、屋敷に沢山メイドを雇ってたはずだから、寧ろ女も働いているイメージは普通にあると思うけど。
主人公が女の意図を知らない流れになったのも良くなかったと思う。しかも、単に容姿で惹かれる設定、非常に物語が薄くなった原因だと思う。
こんな感じだったら良かったのにな~と勝手に考えてみた。
革命賛歌みたいなやつ(主題歌)
王族死刑の場面
→
女の動機を説明する歌
家族を失って、何故自分ひとり生き延びてしまったのだろう。
全ては復讐の為。
残された命は、家族の無念を晴らす為、復讐に捧げる。
→
和気藹々としたクラブ
貴方こそ革命の指導者!みたいな会話を聞き、主人公に狙いをつける。
突如女が剣振り回して襲撃、当然その場で拘束される
→
主人公は理想に燃えるピュアな性格なので、か弱いお嬢様がテロ行為に至った訳を聞く
→
革命の犠牲になった女に同情し、他のメンバーに隠れて逃がそうとする。
「解放されたら、またお前を殺す」
「次は助けてやれない」
「覚悟の上だ」
「まだやらなければならないことがある、それが終わったら、自分の命などくれてやる。だから、それまで見届けてくれ」
みたいな交渉をして、襲撃者を解放する。
女は納得しているように装っているだけだけど、主人公は、自分の命をそれほど重視していないし女の殺傷能力を軽視しているので、女の意図はあまり気にしていない。
主人公が自身の命に執着していないことがわかった為、女は主人公の大切な人の命を奪って同じ苦しみを味わわせる作戦に変更する。
→
テロじゃない、痴情の縺れ、と仲間に説明。
お前も隅に置けないな~と納得。
→
解放しても行くとこがないので印刷所の職を紹介
→
ターゲットを確定するため主人公の周辺を探るが、皆普通の一般人で良い人だったり反革命派(裁判無しの死刑なんて酷い)もいたので、(女が元々育ちが良いのもあり)殺意は無くなる。
暴力(裁判無しの死刑)はいけないけど、貴族だったから知らんかったけど、庶民の生活は、貧困、食糧難で厳しく、革命が必要というのも一理ある。
剣(テロ)ではなくペン(新聞)で反革命活動をするべきだという考えに至り、テロ活動からは足を洗う。
→
今はまだ、僕の命を狙わないでくれるのか。
暴力では貴方達と同じになってしまう。新聞で革命の闇を暴いてやる。
→
主人公生い立ちの話。
裁判無しの死刑なんておかしい
必要な事だった
だったら、何故私を助けたの?
→
同じ人と人なのに何故わかり合えないのか
思想が違っても、助け合いながら生きられる的な流れ
ミュージカルなので、この辺で主人公とデュエットしておけば両片想い的になると思う。
→
女が更正したことがわかったので、友達と引き合わせる。
仲間でわいわいするシーン。
→
戦争
→
主人公はピュアな性格なので、周囲の権謀術数に乗せられ、恐怖政治しかないと思い詰める
→
恐怖政治で印刷所の雇い主が死刑。
これが、お前の言っていたやるべき事か?
→
劇場の場面。
死刑にした人たちの幻影に動揺する主人公。
最後に女神のような白い衣裳を身につけた女が登場。
「お迎えにあがりました。」
笑顔で言う女。
留置所で交わした約束を果たす時が来たというのに、
衣裳の剣(模造刀)を抜いて、保身のために足掻く主人公。
女を捕らえろと命令する主人公。
元仲間でも容赦なく切り捨てる姿、保身の為に必死の無様な姿に失望する周囲。
→
裁判
→
死刑を待つ主人公の牢に侵入する(反革命派の伝で、教誨師に扮装して入った)女。
ねぇ、今どんな気持ち?
ただ純粋に、革命を進めて来ただけなのに、どこで間違えてしまったんだろうな。
→
あの頃は良かったね、覚えてる?あの時、あなたの友達がああ言って楽しかったね。
デュエット
→
違う人生があって、違う形で君と出逢っていたら。
助けてはくれないか?
→
それはできない。
私は印刷所を継ぎます。微力かもしれないけど、このような悲劇が二度と起こらないように伝えます。その為に残された命を使う事が私の責務だ。
→
そうしてくれ。
それならこの人生、そしてこの死にも、意味はあるのかもしれない。
→
女の去った牢で、ひとり冒頭の革命賛歌(主題歌)を歌う主人公
→
断頭台
■前田慶次
どこが駄目とかではなく、漫画原作は自分には合わなかったかなあと感じた。
何も残らないというか。
当然といえば当然だけど、歴史視点で見る作品ではない。
漫画ベースじゃなくアレンジしてあればな、と思うけど、それじゃあ原作に失礼だしな。
松風は良かった。
外連味というか(笑)
演技や歌が下手と感じる人はいなかった。
何も考えず劇場で観たら楽しい作品なのかなと感じた。
映像作品として観ると、見なかったとしても別に良かったかな…と思った。
けど、ヒロインの侍女、男(元彼)をつまみ食いしながら実はスパイってすごい根性だな。恋愛より仕事が大事…まあそりゃそうだよね。
ラストの全員集合でちゃっかり元鞘になっているらしいから、この状況から女を赦す男はかなりいかれてしまっているんだな。
■誠の群像
いや、これ、トンチキ作品だよね?
歴史物と見せかけたトンチキ作品だった。
とにかく虎徹と、オリキャラの女がなぁ。
もう武家娘ではないようだな。
って失礼過ぎん?どこでそう判断したのかも謎だし。そう思ったとして、指摘するか、普通。
しかも、現時点では足抜けしており、ホームレス絵描きって、元お嬢様なのに無頼派すぎやろ(笑)
武家と言いつつ男(家長)が出て来ないの謎だ。継ぐ人いないなら既に武家ではないのでは?
遺産売った金もあったのだろうけど、百両以上する虎徹買えるだけのお金体入だけで稼いだのか?島原稼ぎも待遇も良すぎん?吉原だったら死して浄閑寺だったよ。
お母さん看病の甲斐なく…じゃなく、娘の詐欺が原因でショック死してるよね?このエピソード必要?
本物の虎徹です、って、武家のお嬢様は斎藤さんより目利きなの?(笑)斎藤さんの扱い酷すぎん?
虎徹になる!って何回も擦るの何なん。
腕が良いから最早本物説でいくならそれ貫いてよ。
そう言ってたのに斬る!って流れ何なの。さっきの自分の発言忘れたの?
あと、女の大荷物何?ホームレスの家財道具?だとして、常に持って移動する演出必要?斬られる覚悟で来たと言ってたよね。発つ鳥後を濁さず的な、神社にゴミを残さない為?そのリアリティ必要?
あと、仮に斬ったとして、詐欺師だから斬りましたって上に説明して大丈夫な感じ?治安やばすぎ。実はどうせできないと読んでの女のブラフだったのか?
旅籠って、真面目な宿も存在はしてただろうけど、飯盛女とか横行してた感じだよね。そこに紹介して大丈夫なのか?優良店だったのかもだけど。
女は結婚、夫は一度も登場せずナレ死って。
追手から逃げているところで唐突に再会。
幸せな結婚では無かったのだな。
ってまた失礼かよ。しかも故人に。
見たところ夫の遺産で悠々自適に暮らしているし、寧ろ目的達成しているのでは。
しかも、あと2日あります!って、いや、準備とか色々あるんじゃないの?追手来てたし、のんびりしている場合なの?
夫と暮らした家でというのもどうなの。仏壇とかあるよね、普通に。
和装でおかっぱの頭に紫陽花の鉢植えを載っけている珍妙な紫陽花の精が登場。
いや、もう少し何とかならなかったのビジュアル、主役よりそこにばかり目がいってしまうよ。
おかっぱに和装は合わないから、かつらがそれしか無かったにしても、髪をベールみたいので隠すとか、逆に衣裳を壬生義士伝の戦の精みたいな和風のアレンジ衣裳にするとか。
病気でも絶対新撰組抜けないと宣言してた沖田、パジャマ姿で登場し、僕猫が好きなんですけど~謎のサイコパス発言。
主人公、それに対して、治ったら斬れる!謎の励まし(笑)
てかテレパシー?手紙のやり取りを回想している?にしても、命の危険が差し迫ってるシーンで何故その回想?(笑)
国の為に有意な人材の仲間を生かすために身代わりとして死ぬみたいな場面なのに、直前、突然再会した後家といちゃいちゃしてたせいで、全然悲壮感出ないんだけど。肉欲貪っといて俺は侍だとか言っても説得力無いよ。寧ろ、他の真面目に戦って死んでる隊士が可哀想だよ。兵糧攻めされている場面なのに、さっきまでの余裕と落差ありすぎて現実味が伝わってこないし。
こんな感じだったらな~って考えてみると、
どうしても虎徹エピソード入れたいなら、
詐欺のあと後悔して、看病の甲斐無く父親が死んで生き甲斐も身寄りも無くなって、
普通に芸者になってるところに新撰組が来て、
酔った隊士に絡まれてたから連れ出して、
あの金はどうしたんだ?
親の薬の為に詐欺を働いたものの、その父も既になく、もう生きている意味も無いと思ったが、残りの命でせめて詐欺の罪をそそぐ為、本物の虎徹を買ってお詫びしたいと、こうして働いてお金を貯めています。
本人は納得して買ったのだし、本物だと保証した自分の立場も無くなるから、今更そんなことをされても困る。身寄りが無いなら、人手を必要としてる知り合いの女将を紹介するから、そこで働いたらどうか。
→
団子屋さんかなにかになる。
→
客として様子を見に行く。
淡い恋。
この辺で紫陽花要素は入れたかったら入れる。
→
大政奉還。
別れを言いに行く。
→
ここでデュエットとかしておく。
必ずまた戻ってきてください。
→
女との約束より日本の未来が大事なので、戦死
女が死なないと全員集合場面できないよね…まあでもオリキャラあんまり立たせるのも微妙だから、この作品では集合は無い方がいいな。
■王家に捧ぐ歌
自分史上最悪の作品。とにかくヒロインのキャラが自分には合わない。この作品のせいで、このトップ娘役が無理になってしまった。ロミオとジュリエット、評判良いから観たかったのに、観る気が失せた。先にそっちを観れば良かった。
それでも苦手なら他の組の王家を観られたかもだし。さすがに他の組のを観なおしたいという気にはなれない。
主人公(ヒロイン)が王族の癖に国民を守る気ゼロ。
お前の為にどれだけの人が死んだと思ってるの?
責任は果たす気無い、今生きてるのは命を捨てて戦った家臣のお陰なのに恩も感じてない。一緒に侍女も奴隷にされてるのに助けてあげたいという考えが無い。親や兄弟に対して敬意も愛もない(そもそも愛が無いから親子の縁を切ると言っても重みがゼロ)。王族なのに言葉遣いに品が無い。
とにかく不快なキャラすぎる。
セリフにも自己中って人から言われ自分でも言うシーンがあるのだが、それなすぎて。
自覚あるんだ。
せめて幼く純粋なキャラとして表現してくれればまだ許せたのに、強い女的なキャラにしてしまっているので、ただの畜生としか思えない。
魅力をまじで欠片も感じない。
ビジュアルも奴隷役なので綺麗に作れないのはしょうがないけど、中の人のポテンシャルは全く活かされていない。
ミュージカルなので、歌で捩じ伏せるという最終手段も残されているのだが、ヒロインの中の人は歌唱力が残念なので(キャラ的に敢えて高音の綺麗な歌唱にしてないのもあるのだろうが)とにかく喋るな、歌早く終われとしか思えない。
ヒロインのキャラが完全に受け付けなかった。
てか、兄役が悪人かのように描かれているけど、寧ろまともなのでは。責任を投げ出すことが美談にされる歪んだ世界観。
ヒロインが奴隷って言っても、何も苦役とかしてない様子で栄養状態も良さそう、単なる捕虜にしか見えない。なので、同情する余地すらない。
奴隷の癖に思い上がっていると言われるシーンがあるのだが、それなすぎて。
伝説のすごつよソング。実際聴くとインパクトが凄い。
もう少し婉曲的な歌詞ではいけなかったのだろうか。富とか財とか。言葉選びが幼稚に思える。
ライバルの王女は歌が巧く、逆に応援したくなった。
このキャラは権力を濫用して私利私欲は満たしてるけど、王族としての責任を果たす意思はあるので一応許せる。
というか、物語を通して成長したんよな?男(普通の女としての私欲)は捨てて己を殺して王として生きる道を選んだ(突然の将軍の裏切り、父王の死でそうせざるを得なかった状況のせいでもある)。ヒロインは成長ゼロなのに笑
ファラオ迫力が凄い。太陽神の子孫と言われて説得力ある。
ハトチャンはなぁ。私の妻だ!鳩の姿で戻って来た!って言うとか別の表現あったのでは。狂気を表せれば良いわけで。
どん引きする二人の、可哀想なものを見る目がそれなすぎて。
将軍はとにかくイケメンで歌も巧くダンスも格好いい。
でも、女の趣味悪すぎな(笑)
将軍してて共に命懸けて戦った戦友も部下もいたのにあっさり捨てて女に走るんだ…別に良いけど格好良くはない。
メインカップルが完全にバカップルであり、しかも迷惑をかけられるだけ掛け倒して死ぬ。
心中するなら最初からしてくれという感想しかない。
こんな感じだったらな~って考えると、
原作を改変していいなら(知らんけど多分、原作からピュアなヒロイン設定なんよな?)、ヒロインをスパイ設定にして、将軍に取り入って機密を引き出すことに成功→しかしエジプトの王女の采配で軍事作戦失敗、国滅亡→初めて王女の位を失い私人となる→恋人(スパイ活動に利用しながら、実は本気で将軍を好きになっていた)と心中 が最もすっきりする流れだと思う。
職業上知った機密を漏洩させてる以上、将軍はカス確定だけど…出来れば、儀式自体は周知の事実なんだろうし、それは兄の諜報活動で知ったことにして、将軍はその日に脱走決行と言っただけにしてくれればな。
情報漏洩じゃなく、将軍が来られるという事実=警備は手薄っていう推論にしてくれれば。
将軍が一番ピュア(笑)で、ヒロインから言い寄られて骨抜きに。でも、その馬鹿げた人間としての純粋さこそが、王族としての責任に雁字絡めにされたヒロインの心を捉える。ヒロインは王女としての責務を全うするけど、私人になったとき、初めて心のままに行動する。最初で最後の我儘が恋人との心中。
将軍はヒロインが欲しかった訳じゃなく、純粋に愛していて、自分自身が愛に生きたかっただけなので、騙されたことも恨んでいないし、最後ヒロインが来ても来なくても、自由に生きて死んだことに悔いは無い。寧ろ、どうして来たんだ!あなたには生きていてほしかったのに。くらい言う。
そこまでの純粋で健気な愛だったら応援したくなったと思う。
平和要素は…そういう、地位立場取っ払った(命を懸ける、死ぬ)とき、最後に残るのは純粋な人としての愛で、たったそれだけのことが幸せなのに、遠回りしているよね?戦争とか差別とかって虚しいね。ってことで良いのでは。
原作ありだから難しいのはわかるけど、
この原作を変えられないのだったら、ヒロインを、とにかく純粋で幼い少女キャラにするしかない。
で、郷土愛も家族愛もちゃんとあって、臣民も大切に思っている、だから、男を裏切った(臣民の為なら男は捨てられる)、って流れだったら良かった。
自分の命<男/家族<臣民 って優先順位。
(ファラオはあれだけ求心力あった訳だから、幾らエジプト軍が強くとも暗殺されたら統率が取れなくなるはず、しかも前回の戦いのエジプト軍の勝因かつ跡継ぎ候補だった将軍も謀反の咎で封じられる。勝機はあった、ただ敵の王女が豪傑でファラオの座をその場で継いで、将軍不在でも軍を統率できたという誤算があり、負けてしまっただけ。)
そういう女だったら、逆に、自分が裏切られて殺されるんだとしても、そういう人だからこそ好きになってしまった、って理解できる。
(秘密を洩らす男は王の器ではなかったということではある。すごつよで腐敗した国に嫌気がさしているのもあるのだろうけど。王女と結婚したくないというより、王になることができないのだと思う。私を捨てて公に殉じるということが。)
逃げよう!って口では言うけど、実際はそんなことは不可能(見つかって死刑)なのわかってて、
だけど、この状況で生きてても意味ないから、死を口にはしないけど二人とも共通認識として持ってて、
という流れだったら、良かった。
(そもそもだからこそ、火炙りにされても、王女とは結婚できない、という台詞が出るんでしょ?あの状況で真っ先に火炙りにされるの奴隷の方だし。だけど、お互いいつそうなっても良いって共通認識があるから、相談無しで言えるのであって。)
一緒に生きるという意味が、生物的な意味ではなく、好きな人と結ばれる自由がないなら命はあっても心は死んでいるのと同じ、だから手を繋いで死ぬこと=生きる、というくらい切実な愛という表現だったら良かった。
(自分だけ男と逃げて家族とか乳母とかも奴隷のまま放置は屑すぎる。)
元々が死ぬ前提なので、
私が裏切れば、貴方は私を捨てて、王女と結婚できるかもしれない、
そうなれば良いのに、と逆に思っているくらいで良い。
でも、もし貴方が私を捨てられなくて死刑になった時は、必ずすぐに後を追うから。
そういうのが、本当に気高く強い女じゃないのか。
愛に殉ずるってそういうことだと思う。
頭が悪くて生き汚ない方がリアルかもしれないけど、フィクションの中でまでそんな現実はいらない。
宝塚の描く"強い女"像って、大体、俺(男)の考えたさいきょうの女って印象。無責任、自己中心、厚顔無恥、貞操観念ゼロ、暴力、男のような言動を強さと履き違えていて萎える。
そういう人が添え物みたいな娘役って馬鹿にしているキャラの方が、本質的にはずっと賢く強いのだと思う。
力も無いのに武器を取ることが強さじゃない。武器を取るなら、筋力や武器を扱う技術を身につける為に努力が必要。そういうことを含めて、自分の立場を理解すること、自分に何ができるのかを認識するところから始まる。それは性別関係なく同じ。
力もなく努力もしないのに、態度だけは大きいのが見ていて痛い。
性を利用するのが強さと思っているのもきつすぎ。性差のハンデがあっても努力でそれを越え男以上のパフォーマンスを出すことを当然に要求されているのが現実の女。努力を放棄して性に頼るのは確かに楽だろうけど、そういう女がいるから、頑張っている人まで一括りにされ、だから女はと足を引っ張られる。それが現実なのに、性を売り物にできる女は強い女みたいな思想押し付けられても、全く共感できない。
それって強い女じゃなくて、ただの男にとって都合の良い女では。
貞操は男の為に守っているものと思ってるからなのか。だから貞操観念の無い女=自立している女という発想なのか。男は寝た相手の数が多い程良いという考えなんだろうが、同じ尺度で測るな。